巨人の新監督に松井氏が就任してから、松井監督の選手への声かけがよく取り上げられている。その特徴の1つは、かつて松井氏自身が育ててもらった長嶋監督の教え方に共通する部分で、それは擬音の表現を使うことである。例えば「ボンッとスイングをする」「バーンと体を動かす」といったように、状況を論理的に説明するのではなく、感覚的な言葉で伝える教え方だ。この教え方が良いか悪いかを考えたことがある人はいるだろうか。
この記事では、抽象的な表現が相手の内発的動機を刺激するという点と、それが効果を発揮するための前提条件について整理する。
擬音で伝える教え方の良さ
この教え方の良いところを私なりに考えると、答えを相手につかませてあげるという点だと思う。人は基本的に、教えてもらいたいという感覚と、自分でつかみたいという感覚の両方を持っている。どちらか一方だけでは上達は成り立たないと考えられる。言い方を変えると、外発的動機と内発的動機の話になる。
「言語化」がすべてではない
今年の流行語大賞のノミネート語にもあるように、今年は「言語化」という言葉が取り上げられた。これはビジネスにおいて、的確に言葉に変えて相手に伝えることを含んでいるわけだが、すべてを明確な言葉に変えられればよいかというと、そうではないという話になる。
説明が巧みすぎてすべてを詳細に言葉にしてしまった場合、聞き手は「教えられた」という受け身の状態が100%になる。それに比べて、擬音の言葉で説明された側は、その擬音が何を示すのかをつかもうとするため、内発的動機が伴うことになる。そして、それを体得できたとき、発見できたときに「これか」と、教えを自分でつかむことができたという達成感が生まれる。
つまり、ヒントは示すけれども、自分なりにつかむには自分の中で探求しなければならない部分が残されている。それが松井監督であり、かつての長嶋監督が行った指導法と言える。ご本人たちが意図的にしているかどうかはわからないが、人を活かすリーダーとしての悩みのヒントがここに隠されている。
リーダーシップにおける「余白」
すべてを的確に言語化することが、人を導くこととは限らない。私が対応してきたクライアントの中には、リーダーシップにおいて的確に指示を出すことに重きを置いている人たちが一定数いる。それ自体は決してだめなことだとは思わないが、相手の内発的動機が伴うかどうかという部分についても、もう少し盛り込むとよいのではないかと考える。それはつまり、その人が考えて、その人なりにつかめるかどうか、その余白を残してあげるということになる。
すべてが言語化された指示だと、おそらく一つ一つの目の前の作業はうまくいくと思う。ただし長期的に考えると、的確に言語化されたものを渡さないと作業が遂行できない、ということにもなりかねない。探求の余白がないということにつながっていくからだ。自分で体得してきたけれど、その下支えとして上司やメンターがヒントをくれていた、ということにならないのである。
なので、リーダーシップを考えたときに大事なことは、「擬音を使うとよい」という話ではなく、抽象的な表現が伴ってもよい側面があるということになる。
効果を発揮するための条件 1
ただし、これには一定の条件がある。それは、そもそも相手と自分の間に十分な関係性が育っているかどうかということだ。一言で言えば信頼関係かもしれないし、リーダーが部下を見たときに、その部下が前向きな姿勢を持っているか、新たなものに挑戦しようという姿勢がある人かどうか、という部分になる。
これがないと、抽象的な表現や擬音の表現が指示に混じった場合に、わかりにくいリーダーだとマイナスに捉えられてしまう側面もある。つまり、土台として相手との関係性が充実していて、もっと学び取りたいという姿勢を相手が示しているときに、あえて抽象的な表現にしてあげることが、相手を育てることにつながり、やがてはその関係をさらに深く豊かなものにしていく。
松井監督・長嶋監督という好例
そのわかりやすい例が松井監督であり、長嶋監督である。長嶋監督に対して、松井選手は当時、憧れを抱くような尊敬する存在だった。そして今、松井監督に対して、他の選手たちは尊敬し、憧れているという関係が成り立っている。その上で、憧れられ、尊敬されている相手が抽象的な表現でアドバイスをした場合、それは受け取った側が、その言葉をより深く理解しようという内発的動機を刺激する、良い声かけになっていると考えられる。
効果を発揮するための条件 2
もう一つ、踏まえるべき条件として、選手は自分の成果や評価に責任を抱いているということだ。生々しい言い方をすれば、自分の行動で得られる対価が変わるということである。
まとめ
この話のまとめとしては、
・抽象的な表現によって、相手が自分でつかめるという内発的動機の刺激ができる
というテクニックと、それが功を奏する土台として、
・尊敬されたり憧れられたりといった充実した関係性ができていること
・成果や評価への責任を自覚していること
ということになる。
2階建てのテクニック、もしくは、前提条件が整って発揮できるテクニックという話。

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